東馬焼き展示
2010年4月 2日
◎本日より、情報の間のガラス展示スペースに東馬焼きを展示いたしました。【幕末塩田平で焼かれた東馬焼きは、上田市古安曽平井寺字神明前に窯がありました。現在の平井寺トンネルよりね手前約500m程の竹やぶのなかです。東馬焼きの名前は、窯を興した林東馬の名前が由来であり、当時どの様に呼んだか定かでない。 松代焼きに触発され、殖産振興を願い始めたが、明治9年、窯元で庄屋の、林東馬が亡くなり工程が長く、ロスの多い窯業は約20年で廃窯となり、残ったのは負債のみであった。 製品は日常雑器で、あらゆる物を焼いている。松代焼きの職人が、指導したので見た目はそっくりで、殆どが松代焼き手とされていた。昭和26年4月に五十嵐幹雄氏が中心となり、窯跡が発掘調査きれ、千曲20号に報告されています。(仔細はそちらで) 東馬焼きの魅力は、釉薬の美しさ、紫陽花色、藤色、ブルー、グリーンが松代とは違い、発色が綺麗であり収集家には、御当地物として、人気のある焼も物。東馬焼きを集めて、40年になるが、高くて買えなかった物がたくさん有り、コレクションとしては、不完全ですが展示されている中には、1点のみ残された製品もあります。又窯跡の図面から復元した、登り窯の模型を製作しました。全長約12m、7段の大きな窯でした。】